化学式から命名体系を選ぶ
名前をつける前に、化学式に何が含まれているかを見ます。イオン性化合物は電荷によって結びついているので、その名前はイオンを示し、数は電荷の釣り合いに任せます。分子性化合物には釣り合わせるべきイオンの電荷がないので、名前では、各原子の数を数を表す接頭辞(日本語では漢数字)で示さなければなりません。酸は水中での振る舞いに基づいて命名されるので、独自の名前をもちます。
各化学式を以下のチェックリストに順番に当てはめ、最初に合致したところで止めます。
- ·5H₂O のように、点と水が後ろに続く化学式:水和物です。化合物の名前をつけてから、水和物の語を加えます。
- H で始まり、水溶液 (aq) として書かれている化学式:酸です。
- 金属、またはアンモニウムイオン NH₄⁺ が非金属と結合している:イオン性化合物です。
- アンモニウムを含まず、非金属だけ:数詞を使って命名する分子性化合物です。
イオン性化合物の名前と、価数が変わる場合のストック表記
日本語では、陰イオンの名前を先に、陽イオンの名前を後に続けます(英語の名称とは逆の順序です)。単原子の陽イオンは元素名のまま(ナトリウム、カルシウム)、単原子の陰イオンは元素名の語幹に「化」をつけます(塩化、酸化、窒化)。イオン性化合物の名前では、イオンの数を二や三などの数詞で数えることはしません。添字は電荷から決まるので、示しても余計です。
多くの金属、とくに遷移金属とスズ、鉛は、複数の陽イオンをつくります。それらには、ストック表記で、金属の酸化数(単原子陽イオンでは電荷に等しい)をローマ数字にして括弧内に入れます。鉄(II)は Fe²⁺、鉄(III)は Fe³⁺ です。ふつうの電荷が1種類しかない金属にはローマ数字をつけません。第1族の金属(+1)、第2族の金属(+2)、アルミニウム(+3)、亜鉛(+2)、銀(+1)です。
例題:Co₃(PO₄)₂ を命名します。リン酸イオンは PO₄³⁻ なので、2個のリン酸イオンは 2 × (−3) = −6 です。3個のコバルトイオンの合計は +6 でなければならず、それぞれ +6 ÷ 3 = +2 です。名前はリン酸コバルト(II)です。ローマ数字は添字ではなく、イオン1個の電荷であることに注意してください。
逆向きの例題:硫化スズ(IV)の化学式を書きます。スズ(IV)は Sn⁴⁺、硫化物イオンは S²⁻ です。電荷を釣り合わせる最小の整数比は、+4 + 2(−2) = 0 より、Sn⁴⁺ 1個に対して S²⁻ 2個です。化学式は SnS₂ です。
多原子イオンと「〜酸イオン」「亜〜酸イオン」のパターン
多原子イオンは、共有結合した原子の集まりで、全体として電荷をもちます。イオン性化合物の中でも、1つの単位として名前と化学式を保ちます。化学式で多原子イオンが複数個必要なときは、添字の前に括弧で囲みます。硝酸カルシウムは CaNO₃₂ ではなく Ca(NO₃)₂ です。
多くのオキソ酸イオンは族をなしています。「〜酸イオン」は、同じ電荷の「亜〜酸イオン」より酸素が1個多く、硫酸イオンは SO₄²⁻、亜硫酸イオンは SO₃²⁻ です。塩素の族では、「過」をつけると「〜酸イオン」より酸素が1個多くなり、「次亜」をつけると「亜〜酸イオン」より酸素がもう1個少なくなります。陰イオンに H⁺ を加えると、電荷が1単位だけ負でなくなり、名前に水素が加わります。以下のリストは、ほとんどの一般化学の授業で知っておくことが期待されているイオンを網羅しています。
- アンモニウムイオン NH₄⁺、水酸化物イオン OH⁻、シアン化物イオン CN⁻、過酸化物イオン O₂²⁻、酢酸イオン CH₃COO⁻。
- 硝酸イオン NO₃⁻、亜硝酸イオン NO₂⁻、硫酸イオン SO₄²⁻、亜硫酸イオン SO₃²⁻、硫酸水素イオン HSO₄⁻。
- 炭酸イオン CO₃²⁻、炭酸水素イオン HCO₃⁻、リン酸イオン PO₄³⁻、リン酸水素イオン HPO₄²⁻、リン酸二水素イオン H₂PO₄⁻。
- 過塩素酸イオン ClO₄⁻、塩素酸イオン ClO₃⁻、亜塩素酸イオン ClO₂⁻、次亜塩素酸イオン ClO⁻(臭素とヨウ素のオキソ酸イオンも同様に命名します)。
- 過マンガン酸イオン MnO₄⁻、クロム酸イオン CrO₄²⁻、二クロム酸イオン Cr₂O₇²⁻。
二元分子性化合物の数詞
2つの非金属からなる化合物では、周期表でより左にある元素が、一般に化学式の先頭に書かれます。同じ族にある場合は、より下にあるほうが先頭です。日本語の名前では順序が逆になり、後ろに書かれる元素に「化」をつけた語を先に、化学式の先頭の元素の名前を後に置きます。伝統的な名称のうち、塩素、臭素、ヨウ素と酸素の化合物の一部は、ハロゲンを化学式の先頭に置いて命名するため、このパターンに反します。一酸化二塩素 Cl₂O がその例です。2005年のIUPAC勧告ではこの例外をなくし、同じ化合物を二塩化酸素 OCl₂ と命名します。
各原子の数は数詞で表します。一(1)、二(2)、三(3)、四(4)、五(5)、六(6)、七(7)、八(8)、九(9)、十(10)です。名前の末尾に置く元素、つまり化学式で先頭に書かれる元素には、「一」はつけません。日本語の名称では、英語名のような接頭辞の語尾の母音の省略は起こりません。
例題:P₄S₁₀ を命名します。どちらの元素も非金属なので、数詞を使います。リンのほうが左にあるので化学式の先頭に書かれ、名前では最後に置いて「四リン」とします。硫黄には「十」と「化」をつけて「十硫化」とします。名前は十硫化四リンです。逆向きでは、三酸化二窒素は N₂O₃ です。水、アンモニア、メタンのように、慣用名でしかほとんど知られていない分子性化合物もあります。
陰イオンから酸の名前を導く
酸の名前は、水素イオンを取り除いたあとに残る陰イオンから導かれます。陰イオンが「〜化物イオン」の形のときは、酸は「〜化水素酸」と命名されます。HBr(aq) は臭化水素酸です。水がなければ HBr は分子性の気体で、臭化水素と命名されます。酸の名前は水溶液について述べたものです。
オキソ酸では、「〜酸イオン」を「〜酸」に、「亜〜酸イオン」を「亜〜酸」に変え、「過」や「次亜」はそのまま残します。オキソ酸の名前に「〜化水素酸」の形は使いません。硝酸イオンからは硝酸 HNO₃、亜硝酸イオンからは亜硝酸 HNO₂、硫酸イオンからは硫酸 H₂SO₄、リン酸イオンからはリン酸 H₃PO₄ となります。
例題:HIO₃ を命名し、次亜臭素酸の化学式を書きます。HIO₃ から H⁺ を取り除くと IO₃⁻ が残り、塩素酸イオンとの類推で、ヨウ素酸イオンです。「イオン」を除くと酸の名前はヨウ素酸になります。次亜臭素酸では、「次亜」と「酸」の形から、次亜臭素酸イオン BrO⁻ とわかります。H⁺ 1個が負の電荷1個を釣り合わせるので、化学式は HBrO です。
水和物:名前、化学式、水の質量パーセント
水和物は、通常はイオン性化合物の固体で、水分子が一定の比で結晶に組み込まれています。化学式では水を中点の後ろに示し、名前では「水和物」という語の前に数詞をつけます。CoCl₂·6H₂O は塩化コバルト(II)六水和物です。水和物を加熱すると、水を追い出して無水物が残ることがあります。
例題:CoCl₂·6H₂O に含まれる水の質量パーセント。小数第2位に丸めた IUPAC の標準原子量(Co 58.93、Cl 35.45、H 1.01、O 16.00 g/mol)を使います。CoCl₂ のモル質量は 58.93 + 2(35.45) = 129.83 g/mol です。水は 2(1.01) + 16.00 = 18.02 g/mol なので、6個の水は 6 × 18.02 = 108.12 g/mol です。水和物のモル質量は 129.83 + 108.12 = 237.95 g/mol で、水の質量パーセントは (108.12 ÷ 237.95) × 100% = 45.44% です。
同じ比から、加熱後に何が残るかも予測できます。水和物 3.500 g がすべての水を失うと、残る無水物 CoCl₂ は 3.500 g × (129.83 ÷ 237.95) = 1.910 g で、追い出された水は 3.500 g − 1.910 g = 1.590 g です。試料の質量とすべてのモル質量が少なくとも4桁をもつので、有効数字4桁が妥当です。
化学式を変えてしまう命名の誤り
誤った名前は誤った物質を意味するので、どの名前も確認できる化学式として扱ってください。イオン性化合物を命名したら、その名前から化学式を組み立て直し、正の電荷と負の電荷の合計がゼロになることを確かめます。分子性化合物を命名したら、各数詞が添字と一致していることを確かめます。
最初に確認すべき誤りは次のとおりです。
- MgCl₂ を二塩化マグネシウムと呼ぶなど、イオン性化合物の名前に数詞を使う。正しい名前は塩化マグネシウムです。
- ローマ数字を添字として読む。酸化鉄(III)は Fe₃O ではなく Fe₂O₃ です。
- 価数が変わる金属でローマ数字を省く、あるいはナトリウムやカルシウムにつけてしまう。
- 硫化物イオン (S²⁻)、亜硫酸イオン (SO₃²⁻)、硫酸イオン (SO₄²⁻) を混同する。
- オキソ酸に「〜化水素酸」の形を使う。硫化水素酸は H₂S(aq) で、H₂SO₄ は硫酸です。
- 水銀(I)が Hg₂²⁺ の単位として存在することを見落とす。塩化水銀(I)は Hg₂Cl₂ です。
制限事項と適切な利用方法
- このガイドは、ほとんどの一般化学の授業で教えられる慣例に従っています。IUPAC の無機化学命名法の全体では、付加命名法や電荷数表示の名前など、ここで扱わない体系も認められています。
- 有機化合物、配位化合物、多くの鉱物には、このガイドの範囲を超える命名規則があります。
- 多原子イオンのリストは網羅的ではなく、炭酸水素イオンの代わりに重炭酸イオンを用いるなど、教科書によって好ましい名前が異なるものもあります。
- 化学式からイオン性か分子性かを分類するのは命名上の近道で、実際の結合は連続的に変化します。